2021 年全国硕士研究生招生考试 203 日语真题
Directions: 次の文章を読んで、1~20の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(1点×20=20点)
松の樹に囲まれた家の中に住んでいても松の樹の根が地中でどうなついるかはあまり考えてみたことがなかった。美しい赤褐色の幹や、わりに色の浅い清らかな緑の葉が、永いなじみである松の樹の全体であるような(1)。雨が降ると、幹の色はしっとりと落ちついた潤いのある鮮やかさを(2)。緑の葉は涙に濡れたような可愛らしい色艶を(3)。雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな気分が、樹の色や光の内に漂って、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍っているように感じられる。時々かわいい小鳥の群れが(4)声で囀り交わして、緑の葉の間を楽しそうに往き来する。それ(5)私の親しい松の横であった。ところが、ある時、私は松の勘の生い育った小高い砂山を崩している所(6)足を止めて、砂のなかに深く入り込んだ複雑な根を見まもることができた。地上と地下の姿が何とひどく相違している(7)であろう。一本の幹と、簡素に並んだ枝と、楽しそうに葉先をそろえた針葉と、一それに比べて地下の根は、戦い、もがき、苦しみ、精いっぱいの努力を(8)ように、枝から枝と分かれて、乱れた女の髪のごとく、地上の枝幹の総量より多いと思われる太い根細い根の無数をもって、一斉に大地に抱きついている。私はこのような根が地下にあることは知ってはいた。しかしそれを目の前にまざまざと見たときには、思わず驚異の情に打たれぬわけにはいかなかった。私は永いなじみの間に、このような地下の苦しみが不断に彼らにあることを、一度も自分の心臓で感じたことがなかったのである。彼の苦しみの声を聞いたのは、時折に吹く烈風の際であった。彼の苦しそうな顔を見たのは、湿りのない炎熱の日が一ヶ月以上も続いた後であった。しかしその叫び声や萎れた顔も、その機会さえ過ぎれば、すぐにの快活に帰って苦しみの痕を(9)あとへ残さない。しかも彼らは、我々の眼に潜められた地下の営みを、一日も怠ったことがないのであった。あの美しい幹も葉も、五月の風に吹かれて飛ぶ緑の花粉も、実はこのような苦労の上に(10)可能なのであった。この時以来私は松の勘だけではなく、(11)植物に心から親しみを感ずるようになった。彼らは我々(12)生きているのである。それは誰でも知っていることだが、私には新しい事実としか思えな
Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)
若い人の多くは、基本的に、作られたレールの上を走りたくないと思っています。しかし、いざ勉強のこととなると、何かのレールに乗ることで自然に学力をアップさせてもらうことを望みがちです。そもそも勉強というのはなかなかおもしろくならないものです。学力を向上させる上ていちばん大事なのは基礎学力。基礎学力をつけるというのは、スポーツに置き換えると筋力トレーニグと同じで、おもしろいものではありません。でも、それをやらない限り絶対に学力は上がらない。絶対にやらなければいけないものがある時に、漫然と取り組むより、戦略を立ててやったほうがゲーム性が高まっておもしろいんです。例えば、「東大合格」という目標守設定して、そこから逆算して今やらなければいけないことをやっていく。作戦を立てて目標を一つ一つ達成していく。ロールプレーイングゲーム(角色演子游成)の感覚で勉強を進めていくんです。また、受験生が陥りやすい勘違いの一つに、授業を受けさえすればそれだけで勉強した気になるということがあります。実は、僕は父親の仕事の関係で中学1年生から3年生の間、南アフリカのある町で過ごしました。その間、ある通信教育を受け、結局、高校3年までその通信教育を受け続ました。その
効果があったと思います。なぜなら、通信教育だと主体的に勉強しない限り前に進めない。例えば、問題集をするのだと、答えが載っているので自分で調べるくせがつかない。しかし、通信教育だと自分で調べなければならないし、調べることですごく力がつくと思います。何かをやらない限り成長はありませんし、やったことというのは必ず何らかの成果をもたらすものです。勉強で大切なのは、どう楽しむかということ。勉強は本当に日々の積み重ねが大事で、楽しもうと思ってするのとそうでないのとでは大きな差がついてしまいます。勉強ができないの時自分の能力のせいだと思いがちですが、勉強ができる人とできない人の一番の差は、頭がいいかどうかではなく、勉強に向かう時の気の持ちようだと思うんです。学力をアップさせるには地道に勉強に励むしかありません。より早く解くにはどうすればいいか、弱点をなくすにはどうすればいいか、といったように、試行錯誤の中で学力は伸びていく。そうした試行錯誤の経験はその後の何事においても役立つはずです。
Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)
罰当番の井上健太を手伝って、耕作は手早く箒を使っている。床を掃きながら、耕作はかなり不安になっていた。いつ先生が現れるか分からない。手伝っているのを見つけられたら、何と言って叱られるだろう。先生は健太に一人でやれと言ったのだ。机を並べたり黒板を拭いたりして掃除を終わった。二人は急いで学校を出た。校庭を横切る時、職員室に先生たちがたくさんいるのが見えた。耕作は走り出した。走って校門を出ると、追いついた健太は、「耕ちゃん、どうして走った?」「のろのろ歩いていて、先生に見つかったら、手伝ったことが分かるだろう?」「うん」
二人は急ぎ足で歩いて行く。「分かったら叱られるからな」健太は黙っていた。二人の下駄の音が、仲良く響く。歩調が合っている。「耕ちゃん、お前そんなに叱られるのがいやか」「そりゃあいやださ。健ちゃんは平気か、毎日叱られて」「平気っていうことはないけどさ。だけどねえ、家の父ちゃんは、叱られるからするとか、叱られないからしないというのは、ダメだって、いつも言うからねえ」「・・・・・・ふうん。だって、誰でもみんな、叱られるからしたり、しなかったりするんじゃないのか」耕作には健太の言うことがよく分からない。「あんなあ耕ちゃん。父ちゃんが言ってるよ。叱られても、叱られなくても、やらなきゃならんことはやるもんだって」「叱られても、叱られなくても・・・・・うん、そうか、分かった」健太の言葉を納得したとたん、耕作はがんと頬を殴られた思いがした。耕作は小さい時から、いつも人が渦巻くようになった。褒められたいと思うことは、また叱られまいとすることでもあり、誰にも指を指されまいとすることでもあった。叱られるということは、いつもめられている耕作には、耐え難い恥ずかしさでもあった。それが今、健太に言われて、はじめて自分のどこかが間違っていることに気がついたのだった。「したら健ちゃん、先生に叱られても、平気なんだね」「そうじゃない。泣いたことだってあるけどさ。だけど先生に叱られるからと言って、病気の母ちゃんの手伝いをしないで学校に走って来たりはしないよ」健太は学校に遅れるより、病気の母親を労わらないほうが、悪いことだとはっきり確しているのだ。「そうだなあ、健ちゃん、健ちゃんの言うとおりだな」耕作は素直に言った。(叱られても、いいことはするもんなんだ。)そう思うと、耕作は改めて「叱られたっていい」と言った。
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今年もたくさんの人々がゴールデンウィークを海外で過ごす。初めて海外旅行を経験する若者も大勢いるだろう。私たちの若いころには考えられなかったことだが、彼らは実に自由に、気楽な気分で荷物も手軽にして、日本を飛び立っていく。今の若者をうらやましく思う。頭が柔軟な若い時代に(ア)こそ、異文化と触れ合い、楽しみながら多くのことが吸収できるというものだ。ただ一つ、老婆心ながら言わせてもらえば、ぜひ異国の文化や価値観を吸収して帰ってきてほしい。有名な観光地を巡るのもいい。ショッピングを楽しむのもいいだろう。しかし、そればかりでは心の肥料にはならない。様々な価値観に触れ、それらを自分の中で消化してこそ、海外旅行経験は大きな財産たとえばマナーーつをとってみてもそうだ。特に欧米社会では老人に席を譲ったり、あるいは女性の荷物を男性が持ってあげたりというのは、ごく当たり前の行為である。こうしたマナーが社会的に定着している。この考え方や精神を、ぜひ多くの若者たちが日本に持ち帰ってほしい。その積み重ねが住みやすい社会を育てるのではないだろうか。ブランド品よりも何よりも、価値のある土産であることは間違いない。世界がネットワークで一つに結ばれる日はそう遠くはない。そのためにコンピューター産業などでは、グローバルスタンダード(全球准)を作る方向に向いている。恐らく様々な産業の中にも、この世界統一基準が生まれてくるだろう。しかし物やシステムにばかり目を向けるのではなく、心やマナーのグローバルスタンダードを築いていくべきだ。システムが通じるよりも、(イ)の方がより大切である。言葉や文化は違っても、人間の中核の部分で共通するものは何か。その何かを探すために、海外へと飛び立ってほしい。
Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)
はい、はい、日本人についてよく言われること――日本人の「はい」を真に受けてはいけない。彼らは正面からのぶつかり合いは何としてでも避けるし、沈黙にかけてはベテランだ。だが日本人は、「はい」と答えることはある。その場合の同意にはさまざまな色調と影がさしているわけだが。彼らが「はい」と気よく答えるのは、服従ードイツ語で言うなら「ジャヴォール、ヘール、キャピタン、了解しました、大尉殿」一を表しているだけではなく、対話者に対する敬意、あるいは愛想を意識してのことである。というのもあらゆる欠如にもかかわらず、日本文化は肯定的でもあり得るのだから。肯定的ではあっても形而上学的ではない。日本の「はい」は存在論的ではない。存在としての意思、偉大なる叫び「我ここに存在する!」日本人の「はい」は関係性に基づいており、「そうです」に近い場合が多い。これは人間がかかわっている出来事や存在に対する反応である。したがって中立的な容認や雰囲気作りの言葉へと微妙にずれ込むことがある。ではどう区別するか。これははいか、いいえか、もしかしたら、か。日本人にはこんな表現がある。「馬鹿は言わなきゃ分からない」つまりこういうことだ。文脈こそすべて、それに調子が合うか合わないかは関係ない。だから外国人は日本の「はい」で苦労するのだ。返事の出しようなどのことで、すでに苦労しているのだから。だが実のところ文脈がすべてというわけではない。体の言葉、目を見よ。偉大な剣士たちがそうしたように。日本人は反対の意見を持つ場合には肩のあたりに緊張が走ったり、瞳を細めたりする。顔の表情、ニヤリとした笑いが仮面の下から見えてくる。日本文化は肯定的だと言った。それはまた慣性によって支配されてもいる。というのも日本文化の保守性はいまだに根深く、墓の中の祖先たちや過去によって支配されているからだ。つまり日本はつねに「いいえ」とも言い続けている。敵対する相手と対峙して思いきり、まるで吠えるように。時間にもノ一、変化にもノー。それでいて世俗的な事柄の変わりやすさは受け入れている。これはまた矛盾だ。その意味で「はい」と言える日本は『ノーと言える日本』よりも価値がある。あの深遠なる「はい」の方が、どんなに開放的で可能性に満ちていることか。
Directions: 次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。(3点×5=15点)
にいた部分を中国語に訳しなさい。(3点✕5=15点)われわれは土地の上に生活している。住んでいる建物も土地の上にあり、土地の上を往き来している。もっとも、空を飛び海をわたるときもあるが、ゆきつくところは土地のある地点である。
農業や林業のような第一次産業はもとよりその他の資本制企業も、とくに建設業とかいわゆる開発事業などは土地を対象として成り立っており、住居を得るためにも土地の存在が前提となる。
このようにわれわれにとって、土地は不可欠の存在で、あたかも空気や水と同じくらい重要であるが、空気や水とは異なり固定しかつ限定された自然物である。人間の労働の生産物でないにもかかわらず、莫大な財産的価値をもって取引されている。
土地が取引の対象となるのは土地が私的所有の対象となっているからだ、と説明されるが、何よりもはかりしれない使用価値を有し、かつ有限だからであろう。使用価値が全くないとはいえないまでもきわめて低い、沙漠や不毛の地はそのままでは取引の対象とはならないであろう。日本では、とりわけ土地所有に対する執着が強く、土地所有権が強力な権利となり、その価格(地価)も高い。その理由は、人口に比して土地面積がせまいこともさりながら、土地が肥沃で、しかも水田農耕民族社会であるからであろう。遊牧民においては土地の個人所有欲ははじめからなく、草を求める牧畜民族もそれほど土地所有に執着はない。しかし、日本人にとっては土地は自然物そのものではない。第一、宅地は整地という労働が加わっているし、水田は苦心して肥培管理し、畑は開墾し、また山林原野といえども下草刈り、雑草とりをしてきた土地で、いずれも先祖代々培ってきた土地なのである。しかもこの下草刈りとか雑草とりなどをしなければならないということが重要なのである。「雑草も生えぬ」ところではこのようなことはなく、雑木や雑草が生い茂るのはそれだけ地味が肥沃だからである。又それだからこそ良い水が得られるのである。このように日本人にとって日本の土地は貴重な財産であり資源である。
「美しい自然」というが、それを提供してくれるのは土地である。われわれはこの資源をできるかぎり有効に、かつ美しさをそなえたまま利用しなければならない。それにもかかわらず、列島開発に名をかりた開発事業という名の土地破壊がいかに進んでいることか。もともと雑木林は雨水を地下に浸透させ、水田は一定量の保水をすることによって、水害を調整するとともに地下水を貯留させていた。
その雑木林がゴルフ場になり水田が無計画に宅地になると、水害が生じやすくなるとともに地下水が貯留されなくなってくる。そのような結果をもたらす濫開発が今日なお行なわれており、われわれはここで真剣に考えなければならない。
Directions: 次の指示にしたがって、450字ー500字の作文を書きなさい。
もし時間とお金の余裕があれば、勉強や仕事のほかに、あなたが最もやりたいことは何か。それを作文に書きなさい。
- 自分でテーマをつけること
- 「だ・である」体で書くこと
- 漢字を使うべきところは漢字を使うこと