过级鸭

2024 年全国硕士研究生招生考试 203 日语真题

I. 基礎知識

Directions: 次の文章を読んで、1~20の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(1点×20=20点)

「礼法」とは「礼儀作法」を略したいい方である。「礼儀」は、手短(!)いえば「相手を敬い、思いやる心」であり、それをどのように表現するかが「作法」。礼法(2)、相手を思いやる心の表現方法なのだ。昨今、もてなしということが取りざたされる(改,淡浴)が、その基本にも礼法がある。どのようにもてなすかということの前段に、昔から受け継がれ(3)行いの基本があるのである。さて、昔の礼法の話ではなく、現代の話をしよう。よくいわれることに「空気が読めない」(以下、KYと略す)がある。この言葉を学生が使っているのを聞いて、随分前に読んだ『「空気」の研究』という本を思い出した。戦争(4)至る空気の話だった。まだ(5)が、『空気は読まない」という本も出た。空気を読むということは、自分が置かれている現状の動静を読むということでもあろうし、同席者の快・不快の理解の問題でもある。が、一概にKYは困りものとばかりはいえない。学生たちと接していると、(6)空気ばかり読んでいてどうするのかと思うことがある。(7)KYであることも必要ではないかと思えることすらある。それは、KYを合言葉(暗語)もしくは隠れ蓑(装、隠身衣)にしているのではないかと思える(8)でもある。目に見えない「空気」ばかりを気にする学生達には危惧すら感じる。マスコミ志望者向けの就職(9)で、学生達に発言を促したところ、誰も手を挙げない。あとで個人的に質問に来た女子学生に、何故皆の前で誰も質問をしないのかと尋ねると「あんな場で質問したらKY だといわれる」と答えたという話を、ある新聞社の部長から聞いた。当を得た(得当、适当)質問だっただけに、残念だったそうだ。そしてそれ以上に「マスコミ志望者があれでは・・・・・・」と部長は笑った。彼女は空気を読んだのではなく、空気に呑み込まれたのではなかろうか。もし気にかけるのであれば、それは「空気」ではなく「心」である(10)であろう。相手を思いやる心、自分が相手の立場であったらどう感じるだろうかと想像できる力が大切である。(11) 人間関係を築く第一歩として、基本的な礼儀作法を身に付けることこそ必要であると、こんな時代だからこそ、私は考えている。そのエッセンスは、(12)近代の礼法書の中にゴロゴロ転がっているのである。

1.
A) と
B) で
C) に
D) を
答案 C
2.
A) とは
B) には
C) では
D) とも
答案 A
3.
A) てくる
B) てきた
C) ていく
D) ていった
答案 B
4.
A) を
B) へ
C) に
D) で
答案 C
5.
A) 読めない
B) 読まない
C) 読まなかった
D) 読んでいない
答案 D
6.
A) それほど
B) それでも
C) それより
D) それなり
答案 A
7.
A) 次々に
B) たまには
C) めったに
D) ひっきりなしに
答案 B
8.
A) まで
B) から
C) もの
D) こと
答案 B
9.
A) キャリア
B) チャンス
C) セミナー
D) ハンドブック
答案 C
10.
A) のみ
B) わけ
C) はず
D) べき
答案 D
11.
A) 丈夫な
B) 複雑な
C) 曖昧な
D) 円滑な
答案 D
12.
A) とても
B) 実は
C) よほど
D) ほんとうに
答案 B
13. 文中の「『空気』ばかりを気にする学生達」の意味に合っているものはどれか。
A) 「空気」のことだけを心配する学生達
B) 「空気」のことだけに興味を持つ学生達
C) 「空気」のことをいつも無視する学生達
D) 「空気」のことをいつも悲観に思う学生達
答案 A
14. 文中の「学生達に発言を促したところ」の「ところ」と同じ使い方のものはどれか。
A) 授業のあと、先生のところに来なさい。
B) 会場に行ったところ、一人もいなかった。
C) 壊れたところを修理してもらえばまだ使える。
D) 教室に入ったとき、もう座るところがなかった。
答案 B
15. 文中の「質問に来た」の「に」と同じ使い方のものはどれか。
A) 毎朝、6時に起きます。
B) 机の上に本があります。
C) 明日、母と買い物に行きます。
D) このことは君にだけ話します。
答案 C
16. 文中の「当を得た質問だっただけに」の「だけに」と同じ使い方のものはどれか。
A) 彼は彼女の発表だけに興味を持っている。
B) 今は試合のことだけに集中したいと思っている。
C) 日本語の敬語は目上の人だけに使うわけではない。
D) 自分の家族だけにかえって失礼なことを言ってしまった。
答案 D
17. 文中の「空気に呑み込まれた」の「(ら)れた」と同じ使い方のものはどれか。
A) よく頑張ったので父にほめられた。
B) これは井上先生が書かれた本だよ。
C) ここに来て、昔のことが思い出された。
D) 隣の人に騒がれて、よく眠れなかった。
答案 A
18. 文中の「転がって」と同じ使い方のものはどれか。
A) コップが転がって床に落ちてしまった。
B) 子供は石につまずいて転がってしまった。
C) こんな石ならそのへんにいくらでも転がっている。
D) 休みになると、よく畳の上に転がって小説を読む。
答案 C
19. 文中の「作法」の読み方はどれか。
A) さほう
B) さぼう
C) さくほう
D) さっぽう
答案 A
20. 文中の「敬い」の「敬」の読み方はどれか。
A) とうと
B) いきお
C) うやま
D) やしな
答案 C
読解 [一]

Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)

日本における「和」の思想の展開をたどる上で、「以和為貴」と並んで見逃すことのできないのは、禅思想の影響下で成立した「わび茶」における「和敬清寂」である。抹茶を日本に伝えたのは鎌倉時代の禅僧栄西(1141-1215年)である。当初は修行中に目を醒まさせるなどの薬効が注目されたが、室町時代になると遊興性の高い闘茶の「茶寄合」(茶会)や豪華な舶来の唐物(中国,洋)の茶道具を使った「書院茶」が流行した。そのような流行に逆らって、千利休は、草庵の小座敷で質素な道具を用いる「わび茶」を確立した。そこには、千利休が体得した禅の精神が大きな影響を与えている。「わび茶」では、我を捨てた枯淡閑寂な境地で茶を点て客にふるまうことで、自己の精神修養と他者との「一期一会」の出会いが求められた。この「わび茶」の精神を端的に表す言葉が「和敬清寂」である。(ただし、利休の茶の湯は「和敬清寂」の精神に基づくものであると言えるが、この言葉自体は、江戸期以降に定式化されたと言われている。)さて、「わび茶」の「わび」は、「わぶ」「わびし」から派生したものであり、これらの言葉は、優

雅華麗な宮廷生活を理想とする平安時代には「不足」「不本意」「貧」「辛い」「みすぼらしい」というようなネガティブな意味しか持たなかった。しかし、中世になると、物質的には不足の簡素な生活の中に、物質には捉われない無限の精神的充実を見出す新たな美意識が台頭し、この言葉も積極的な意味を持つようになった。豪華華麗を嫌い自然質朴を好むこの美意識は、「不足」「貧」であることの中に、人間としての限度と俗世を超えた無限なるものへの自覚を見て取ろうとする。このような美意識をはぐくんだのが、俗世から離れて無執着の悟りを目指そうとする仏教であった。そして、これら中世的美意識と精神性の担い手となったのは、都からは離れた山里に庵を結ぶ隠者たちである。彼らは、世俗から離れた草庵に集まって和歌や連歌などの文学的な催しを楽しんだ。「わび茶」もこの精神的伝統から生まれたのである。「わび茶」の精神を端的に表すとされる「和敬清寂」の筆頭に挙げられる「和」とは、茶会を主宰する亭主とそこに招かれた客たちとの間の精神的な交流、それによって実現される和やかな調和である。これは当初より茶会においてもっとも重視された徳目である。もちろん、そこには経済的実力によって社会的地位を向上させつつあった京都・奈良・堺の豪商たちや戦国武将らの情報交換・人脈作りの場という意味も含まれてはいたが、それと同時に、利休をはじめ草

21. 文中の「以和為貴」と並んで挙げられたのはどれか。
A) 禅思想
B) 「わび茶」
C) 「和敬清寂」
D) 「和」の思想
答案 C
22. 文中の「そのような流行」とは、どのようなものか。
A) 鎌倉時代に禅僧栄西が日本に伝えた禅思想の流行
B) 室町時代に外国から輸入した豪華な茶道具の流行
C) 目を醒まさせるなどの薬効が注目された抹茶の流行
D) 遊興性の高い闘茶や豪華な茶道具を使う茶会の流行
答案 D
23. 文中の「この言葉」は何を指すか。
A) 「わび茶」の「わび」
B) 物質的には不足の簡素な生活
C) 優雅華麗な宮廷生活の本質的なみすぼらしさ
D) 無限なるものへの自覚を見て取ろうとする「不足」「貧」
答案 A
24. この文章の内容に合っているものはどれか。
A) 千利休は「和敬清寂」という言葉を定式化させた。
B) 戦国武将らは美意識を磨き合うために茶会に出ていた。
C) 隠者たちは和歌や連歌等から「わび茶」の精神を見出した。
D) 茶人は茶室で心を通わせる「和」の世界を実現させようとした。
答案 D
25. この文章のタイトルとして、もっともふさわしいものはどれか。
A) 「和」の美意識
B) 茶人たちの美意識
C) 「わび茶」の精神性
D) 「以和為貴」の精神性
答案 C
読解 [二]

Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)

東日本大震災以後、「最悪の事態を想定し、それに備える」ことが求められています。たとえば1000年に一度の巨大津波に備えよとか、すべての原発の安全性を再点検せよ、といった議論が巻き起こっています。このことは公的な防災対策としてはまったく正しいことです。私たちも常日頃から「最悪の事態」に備えなければならないのは当然です。ただし、私たちの日常生活での判断では、「最悪」とはどの程度のレベルまでなのでしょうか?やはり 1000年に一度のことまで考慮しなければならないのでしょうか?私たちの日常生活では「可能性はあるが確率が極めて小さいこと」は、考慮しないのが普通です。たとえば通勤途中で交通事故に遭うことなどは想定から除外します。絶対に交通事故に遭わないために、

外出を控えよう、などとは考えません。起こる可能性が「ある確率」以下の場合は無視し、その確率以上なら検討対象とする、と私たちは無意識のうちに「線引き」しています。その線引きの基準となる確率を、「境界確率」と呼ぶことにしまでは、境界確率はどの程度に設定するのが正しいのでしょうか?東日本大震災以降、防災対策などの公的危機管理では、当然、ずっと小さく設定し直されるはずです。大変よいことです。しかし、私たち一人ひとりの日常生活では、この境界確率をあまりに小さく設定すると、身動きできなくなってしまいたとえば自宅を新築するため住宅ローンを組もうとする。このとき、もしも勤務先の会社が倒産して収入がなくなったら?自分はもとより、家族が大病したら?新築直後に地震で倒壊したら?一ーなど、たくさんの心配な事態が想定できます。もちろん、その備えはある程度必要ですが、すべての状況で文字通り最悪を想定していたら、とてもローンなどを組む気持ちにはなれません。このような過剰な心配性で萎縮してしまい、結局、何もできなくなってしまうというのも、ある意味では「判断ミス」でしょう。ただし世の中には、過剰な心配性とはまったく逆のタイプの人のほうが多いでしょう。たとえば、人と待ち合わせをしたとき、決められた場所へ待ち合わせ時刻ちょうどに到着しようと行動する人が多いようです。そういう人は、待ち合わせ場所までの所要時間から逆算して、出発時刻を決めます。100回のうち99回はそれで問題ないでしょう。しかし、たとえば1%くらいの確率で電車の運行が乱れたりすることもあるはずです。そうした小さな確率に備えない人は、「そんな場合は、遅刻しても、事情を話せば許してもらえる」という甘い考えなのでしょうか。パソコンのハード・ディスクも壊れるかもしれません。今では滅多に起こりませんが、確率ゼロではありません。しかし、その小さな確率に備えず、重要資料がすべて消失し、壊滅的な被害を経験したことはないでしょうか?これも、小さな確率に備えていなかった判断ミスと言えるでしょう。

26. 文中に「このこと」とあるが、それはどういうことか。
A) 最悪の事態を想定し、それに備えること
B) 原発の安全性を点検してから運行すること
C) 大地震の発生に備えて、巨大津波に対処すること
D) 日常生活でも1000年に一度のことまで考慮すること
答案 A
27. 文中に「私たちの日常生活では•・・・・・普通です」とあるが、それはなぜか。
A) 判断ミスを犯す可能性が低くても、それを考慮する必要があるから
B) すべての状況で最悪を想定していたら、身動きができなくなるから
C) 検討対象となるようなことがあっても、他人に対する影響がないから
D) 日常生活ではたくさんの心配な事態がなく、自由な行動が大事だから
答案 B
28. 「境界確率」について、文章の内容に合っているものはどれか。
A) 公的な防災対策の場合は、「境界確率」を低く設定して対処すべきだ。
B) 日常生活での「境界確率」設定も、公的な防災対策と同様であるべきだ。
C) 日常生活で起こる可能性が極めて低い場合は、「境界確率」を無視すべきだ。
D) 公的危機管理は「境界確率」の低い設定が判断ミスになり、避けるべきだ。
答案 A
29. 文中の「そういう人」とはどんな人か。
A) 過剰な心配性とはまったく逆のタイプの人
B) 決められた場所へ待ち合せ時刻前に到着する人
C) 過剰な心配性による「判断ミス」を犯してしまう人
D) 事情を話せば許してもらえると思ってつねに遅刻する人
答案 A
30. この文章で筆者がもっとも言いたいことは何か。
A) 過剰な心配性よりもその逆のタイプのほうがより現実的だ。
B) 行動の萎縮につながりやすい過剰な心配性は止めるべきだ。
C) 確率の小さい危険にどの程度で備えるかは、正しい判断力が必要だ。
D) 日本という災害が多発する国では、過剰な心配性もある程度必要だ。
答案 C
読解 [三]

Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)

賢い人と賢くない人の脳は違うのか。外見は全く変わりません。もちろん、一定以上の限度を超えれば話は別です。通常の脳より非常に小さな脳、大きな脳などの極端な例を除けば、大小は関係ない。脳みそのしわが多いといい、という俗説もありますが、これも関係無い。なぜ脳にしわがあるのかといえば、一定の容量の頭蓋骨に沢山の脳を入れるためにクシャクシャにして(採在一起)収めているからしわになる。では、利口、バカをなんで測るかといえば、結局、これは社会的適応性でしか測れない。例えば、言語能力の高さといったことです。すると、一般の社会で「あの人は頭がいい」と言われている人について、では具体的、科学的にどの部分がどう賢いのかを算出しようとしても無理なことでしょう。そんなものの客観的、科学的な基準を作るのは難しい。しかも、無理やり客観的な基準を置いて測るなんてことをしたところで、あまり意味が無い。場合によっては常識と異なる、とんでもない結論が出ることが予想されます。例えば客観的に測りやすい「記憶力」。これを機械的な記憶力で測っていったら、世間でいうところの「賢い」人が一番になるわけではない。大概、一番優れているのは、実は社会生活に適応できないようなタイプの人です。100ケタの数字をあっという間に全部暗記する、という能力を持つ人は現実に存在しましたが、この人は社会生活不適応者でした。映画『レインマン』でダスティン・ホフマンが演じた主人公と同じです。この映画の主人公は、カジノで配られるトランプの並びをあっという間に覚えたりする驚異的な記憶力の持ち主として描かれていました。が、実生活は弟に面倒を見てもらわないと何もできない、というタイプでした。何かの能力に秀でている人の場合、別の何かが欠如している、ということは日常生活でもよく見受けられます。これは脳においても同じようです。イルカは目がほとんど見えないが、その代わり耳の機能が素晴らしく発達している。コウモリも同様に、目が退化してしまっているが、耳の機能だけで張り巡らされたピアノ線の間を縫って飛ぶ、というような芸ができる。犬の嗅覚も同じことです。社会的に頭がいいというのは、多くの場合、結局、バランスが取れていて、社会的適応が色々な局面でできる、ということ。逆に、何か一つのことに秀でている天才が社会的には迷惑な人である、というのは珍しい話ではありません。

31. 文中に「具体的、科学的に・・・・・・・無理なことでしょう」とあるが、それはなぜか。
A) 人の賢さに関係する脳みそのしわの量を実際に測ることが無理だから
B) 科学的基準の作成は難しいばかりか、その測定も殆んど無意味だから
C) 無理やり言語能力や社会適応性の評価基準を作っても認められないから
D) 脳の大きさを科学的に測定する方法というようなものは存在しないから
答案 B
32. 文中に「場合によっては…・・・・・予想されます」とあるが、それはなぜか。
A) 人間の記憶力を測る客観的な基準となるようなものが多いから
B) 機械によって人間の記憶力を測定することがまだできないから
C) 世間でいう「賢い」人の多くは、社会生活に適応できないから
D) 測定値の優れているものは、実際の状況と違うことが多いから
答案 D
33. 文中に「この映画・・・・・・タイプでした」とあるが、筆者がこの例で言いたいのはどれか。
A) 記憶力が優れていない人の多くは、社会的適応力が比較的に強い。
B) 人間は何かの能力で優れている場合、他に不足する所がよくある。
C) イルカは動物の中の特別な存在で、似ているような動物は他には見られない。
D) 『レインマン』の主人公のような社会生活に適応しない人は、実際に多くいる。
答案 B
34. この文章の内容に合っているものはどれか。
A) 言語能力の高い人が利口だということは科学的に証明されている。
B) 天才の計算能力が優れているのは、脳みそのしわが多いからである。
C) 100ケタの数字を瞬時に覚えられる、記憶力の優れた人は実際にいる。
D) 社会生活不適応者に天才が多いことは既に科学によって証明されている。
答案 C
35. この文章で筆者がもっとも言いたいことは何か。
A) 天才は、時には社会的に迷惑な人でもある。
B) 天才は、秀でる面もあるし不足の面もある。
C) 頭がいいかどうかは、科学的に測る必要がある。
D) 頭がいいかどうかは、多面的に捉える必要がある。
答案 D
読解 [四]

Directions: 次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21~40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][B][C][D]からもっとも適切なものを1つ選びなさい。(2点×20=40点)

洪作は朝顔(牛花)を所長さんの家へ持って行くように言われたが、何となくそうすることに躊躇を感じた。朝顔はどれも鉢らしい鉢には植わっていず、壊れかけたどんぶり鉢に植えられてあった。朝顔を持って行くのはいいとしても、それの植わっている物が問題だった。「どれ、持って行く?」洪作が聞くと、「今日は一つしか咲いておらん。そのかわり、とってもきれいなのが咲いた。」婆さんは言った。洪作はすぐ倉庫の横手へ廻ってみたが、なるほど眼の覚めるような藍色の大輪が一つだけ咲いていた。壊れかけた鉢に植わっている。洪作は婆さんの命令ではあるが、この間の盆布の場合と同様に、所長さんの家への贈りものとしては、容れ物の鉢が甚だふさわしくないもののように思えた。「止そうよ」「どうして」「おかしいや、この鉢」「おかしいなんて、洪ちゃん、ただでくれてやるんじゃ」婆さんは言って、「所長さんの家の人たち、びっくりするぞ。これだけの朝顔、めったに見られやせん」そう言われると、洪作も持って行ってみたくもあった。結局、洪作はその朝顔を持って、所長さんの家へそれを届けるために出かけた。「洪ちゃん、どこや行く」「御料局だ。ついて来い」洪作は三人を供にして、御料局の門を潜り、その一角にある所長さんの家へ近づいて行った。玄関の前まで行った時、洪作は玄関の横手に仙人掌の植木鉢が二列にずらりと並べられてあるのを見た。大きい鉢もあれば小さい鉢もあった。どれも洪作の眼には上等の鉢に見えた。それを見ると、洪作は自分が手に持っている朝顔が急に貧相な価値のないものに見えてきた。洪作は玄関の戸に手をかける気持ちをすっかり失ってしまった。その時、家の横手から、思いがけず突然、あき子が姿を現した。「あら」あき子はそんな声を出した。洪作は今となっては逃げることもできず、「朝顔が咲いたんで、婆ちゃんが置いて来いって•••・・・」と、そんな言い方をした。自分は婆さんから命じられて、婆さんの使者としてこれを持って来たのだ。これを持って来たことには、自分の意志は少しも入っていないのだ。そんな自分の立場を相手に理解させたいための言い方だった。「まあ、きれいー」あき子は言った。眼を大きく見張って、いかにも朝顔の美しさに驚いたといった表情であった。洪作は血が顔に上がっていくのを感じた。きれいな少女がきれいな表情をとったというただそれだけのことで、洪作は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。「アラ、マア、キレイー」お供の一年坊主が、あき子の言葉を真似てわざと高い声を出した。「帰ろう」傍の少年に言うと、洪作はすぐあき子に背を向けた。ーアラ、マア、キレイ。アラ、マア、キレイ。三人の子供たちは、歩きながら、同じ言葉を繰り返して、調子をつけて唄った。洪作はそんなことを唄う子供たちに、少しも(ア)は感じなかった。それどころか、自分もまた、それを口に出してみたいような誘惑を感じた。あらーと、大きく眼を見張った少女の表情は、それを思い出しただけで、洪作の気持ちを遠くさせるものを持っていた。洪作は女生徒に対して、いままでこのような感情を持ったこ

とはなかった。多分に甘美で、どこかに秘密にしなければならぬような影を持った物哀しさがあった。

36. 文中に「洪作も持って行ってみたくもあった」とあるが、それはなぜか。
A) 朝顔の花がみごとなものだったから
B) あき子にどうしても会いたかったから
C) 所長さんの家に行ってみたかったから
D) 鉢のみすぼらしさが目立たなかったから
答案 A
37. 文中に「洪作は……失ってしまった」とあるが、それはなぜか。
A) 朝顔の花の美しさを分かってもらえそうになかったから
B) 自分の持ってきた朝顔の鉢があまりにも貧相だったから
C) 「びっくりするぞ」という婆さんの言葉が信用できなかったから
D) 所長さんの家の人々が朝顔の花が好きだとは思えなかったから
答案 B
38. 文中に「朝顔が咲いたんで、婆ちゃんが置いて来いって……」とあるが、この話は「洪作」のどういう気持ちを表しているか。
A) 婆さんの使者としての自分の立場をわかってほしい気持ち
B) 自分の朝顔ではなく、婆さんの花だとわかってほしい気持ち
C) 婆さんの命令ではなく、自分の考えだとわかってほしい気持ち
D) 婆さんが特別な心配りを持っていることをわかってほしい気持ち
答案 A
39. 文中に「洪作はすぐあき子に背を向けた」とあるが、それはなぜか。
A) あき子が驚いた表情をしたから
B) あき子が目を大きく見張っていたから
C) 洪作のお供の一年坊主が高い声を出したから
D) 洪作は自分の顔が赤くなっていくのを感じたから
答案 D
40. 文中の(ア)に入れるのにもっとも適切なものはどれか。
A) 驚き
B) 喜び
C) 怒り
D) 悲しみ
答案 C
II. 読解 B

Directions: 次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。(3点×5=15点)

のついた部分を中国語に訳しなさい。(3点X5=15点)

近年、日本社会に在日外国人が増えるにつれて、彼等を支援しようという活動が盛んになってきています。その一つとして日本語教室を開き日本語を支援しようという活動が各地で見られるようになりました。当初、そのような日本語教室に通っている学習者は主に成人でした。ところが、長期にわたり滞在するようになると、在日外国人の中には家族を連れて渡日してくる者や後から呼び寄せる者も多くなってきました。一般に、日本語がまだ十分に習得されていない子どもたちは、まず、日本語を学習できる環境に身を置くことになります。学校等で日本語学習への対応が十分になされていない場合、地域社会の日本語教室等にやってくるわけです。そして、その状態はある程度日本語を習得するまで続きます。

中には少数ではあっても、学校には行かず、日本語教室だけに通ってくる者もいます。また、親が通っているので一緒についてきているとか、その場所で友達を作りたいなどといったさまざまな理由で日本語教室に通ってくる場合もあります。こういった日本語教室の多くは地域の住民が中心となったボランティアで運営されています。そして、そこに関わっている人たちの年齢や立場などはさまざまです。

子どもたちは、学校では先生を除くと年齢的にほぼ同世代の子どもとしか関わることがないので、ボランティアの人たちと関わることで、学校とは違った人間関係や日本社会を学ぶことができるなどのメリットがあります。しかし、子どもたちに対して、受け入れる側が意識しなければ、無意識のうちに日本社会への同化圧力をかけてしまう危険性をはらんでいます。日本語教室で子どもたちと関わっている日本人は立場的には常に子どもたちより上の位置にあるといえそうで、当然日本語の能力という点については上に位置します。そして

大人と子どもという関係において、大人は子どもをしつけ、指導するものであるという「子どもく大人」の図式が成り立ちます。しかし、だからといって、外国人と関わる場合に「外国文化く日本文化」という図式は成り立た

ないはずです。ところが、子どもの場合、無意識のうちにこの図式「子ども(外国文化)<大人(日本文化)」を成立させてしまっていることが多いのではないでしょうか。

そのため子どもたちは自らが身につけてきた文化等、もっといえば「自分らしさ」をも、「日本らしさ」の下に位置付けることを強いられているという問題があります。

41.
42.
43.
44.
45.
III. 作文

Directions: 次の指示にしたがって、450字~500字の作文を書きなさい。

大学時代、私たちは勉強しながら、いろいろな経験を積んできた。そんな中、自分が成長した、と気づいた瞬間はないだろうか。そのエピソードを例に挙げながら、自分の成長を作文に書きなさい。

  • 題目は自分でつけること
  • 「だ・である」体で書くこと
  • 漢字を使うべきところは漢字を使うこと
46.